5月30日「朝日新聞」より


片山恭一世界の中心で、愛をさけぶ」、養老孟司バカの壁」など記録的なベストセラー書籍の登場が続いている。話題作に引っ張られ、97年から7年続く出版物の売り上げ減少にも底入れのきざしが見えてきた。いまなぜメガヒットが次々に生まれているのか。」

こんな家族がベストセラーを支えているのだろうか。↓


  • 「父」 1953年生まれ、51歳。1968年の東大紛争を東京から電車で三時間半かかる実家のこたつの中で知る。革命に憧れて東大を目指すもあえなく敗退、一浪して都内の某私立大学文学部に入学。学内には革命の残り火があったため、マルクスレーニン研究会にすぐ入部。観念的にはかなり紅い学生生活を送るも、卒業と就職活動には現実的に対応し、某家電メーカー営業部に勤務。国内での生産が頭打ちになりつつあったそのメーカーは、92年に中国進出を決意した。営業部ではすでに中堅となっていた「父」も、対中国ビジネス部に配属され、95年には足掛け2年間の北京出張を命じられる。子供の教育上の問題から単身赴任をする。当初は寂しかったが接待で連れ出された豪華なカラオケ・バーで出会った娘にほれ込み、現地妻化する。一年間は日本の家族にもばれずにいい思いをするが、北京に遊びに来た妻にばれてしまい修羅場を見る。その後は表面上おとなしくする。それにしても異国や家族とのコミュニケーションにはつくづく苦労するよナ、と考えていたときに養老孟司バカの壁』に出会い、まさに蒙を啓かれる思いがし、司馬遼太郎の著作と共に我が愛読書の列に加える。普段は『文芸春秋』、ときどき『世界』も買ってみる。『AERA』は軽くてイカン。
  • 「母」 1957年生まれ、47歳東京出身。小さい頃から「お嫁さん」になるのが憧れだった。ミス短大を経て卒業後、都内の某家電メーカー受付に就職。勤務中、熱血漢の「父」に出会い、猛アタックをかけられ1980年寿退社、1981年に長女を出産。83年次女出産、その後しばらく子育てに終われるも平凡な生活に満足を見出す。上の子供たちが楽になったわね、という時に情熱がしばし蘇り1990年長男出産。その後、三番目の子育て、父の北京転勤などの諸問題に出会いつつも自分と家族の幸せを信じて疑わなかった1996年春、小さい長男を連れて初めて訪れた北京で父の浮気の決定的証拠を見つけ、3泊4日の中国旅行は地獄旅行となる。以来「私の人生って一体なんだったのかしら?」という疑念が絶えず浮かんでは消え、更に更年期障害を示す諸症状が出始めた昨年以来ふさぎこんだり怒鳴ったりすることが多くなる。特に成長と共に「父」に似て男らしくなってきた長男には複雑な感情を抱く。そんな時、NHKで何気なく観た「冬のソナタ」にハマる。猪首で頑健、熱血漢タイプの自分の連れ合いとは対照的なペ・ヨンジュンの優美さに心底痺れる。こういう気持ちは忘れちゃダメよね、と思いつつ久しぶりに入った書店で平積みになっていた片山恭一世界の中心で、愛をさけぶ』と運命的な出会いを果たす。もうロマンチックは止まらない今日この頃、父への食事にはこっそり醤油とゴマ油を多めにかけて出すことにしている。
  • 「長女」 1981年生まれ。23歳。進路を考えていた一時期に父の会社の業績が悪化したことから、成績は良かったものの大学進学をあきらめ都内のビジネス系の専門学校に入学。優秀な成績で卒業し、英語の成績が良かったことから都内の一流ホテルの宿泊受付(テレホンサービス)係りとして就職する。一日の勤務で8時間ほど宿泊の受付、問い合わせ、クレームを受けている。家に帰れば躁鬱気味の母の愚痴や相談相手にさせられ、もう人の話を聞くのはうんざりだとつくづく思っているが、おとなしい性格のためなかなか言い出せない。そんな時父が買って台所に置いておいた『文芸春秋』の芥川賞特集で金原ひとみ蛇にピアス』を読み、「これこそ私の求めていたもの」と感銘を受ける。しかしホテル勤務という性格上、茶髪やピアスも禁止されているので、もっぱら想像の中であんな悪いことやこんな悪いことをしてみる。
  • 「次女」 1983年生まれ。21歳。小さい頃から素直で美人で成績の良い姉に比較されるのが大嫌いだった。また、姉には寛大でも自分にはなんだかキツイことのある母にも疑問を抱くことが多かった。そんなこんなで思春期はプチ家出、多食症など数々のマイナスのストロークを発し両親の注意を引こうとする。成績が良い姉が大学進学をあきらめてことの反発から、自分は都内でも最も金がかかる部類の私立大学に進学、数々のクラブを掛け持ち、ボーイフレンドも数カ月おきにローテーションしなきゃね、と思っている。父は意外に自分に甘いことを知っているので、母のヒステリーを買わない範囲で父から小遣いを巻き上げるのが得意。最近国語の授業のレポート課題で出された芥川賞作品について書くということから、父が買った『文芸春秋』の中の綿矢りさ蹴りたい背中』を読んで、不覚にもキュンとする。同時期に母が買った『世界の中心で愛を叫ぶ』を読んで涙が止まらなかった。映画はこっそり一人で観にいこうと思う。
  • 「長男」 1990年生まれ、14歳。幼少時は母から「あなたはお父さんに似てカッコいいわ」言われるも最近は「本当にお父さんに似てきちゃって」と憎憎しげに言われることに苦痛を覚える。自分でも父譲りの反時代的な短躯・ガッチリむっちり系の自分の肉体を忌み嫌う。また子供の頃北京に連れて行かれたときの父母の争いとその原因についてはぼんやりと記憶するも上の姉二人には言えない。それぞれ表面上女らしく親戚や近所の評判がいい姉たちが裏で見せる生生しい姿をなんとも浅ましく思い、もっぱら2Dの世界の美少女(特にメガネっ子)に萌える。女なんか嫌いだ。でも一生ドウテイだったらどうしよう、と時折恐怖する。一方、父の古い蔵書から『毛沢東全集』などを見つけ、カクメイに憧れる。そんな自分を知って欲しくて「暗黒の紅い星」というホームページを漫画喫茶からこっそり運営している。敬愛する作家は京極夏彦。父から最近村上龍13歳のハローワーク」を買ってもらったけど、まだ読む気がしない。